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表現

もらった生チョコが美味い。

たまに何だか高そうなお菓子を貰ったりするんだけど、
全然名前が覚えられない。

先日、
都内某所をフラッとウォーキングがてらに歩いていた時、
何だか異様に惹かれる空間があった。

小さなカフェの中にあるギャラリー、
非常に慎ましい感じだが、何か強烈に惹かれるものがあった。

思えばここ数年、
絵を描き続けてはいたものの、
様々な企業の社長筋からの依頼やその他著名人、
または飲食店や宝飾店、その他店舗の開店に合わせての依頼。
個展も自発的ではなく、都内の百貨店や各種イベントの
招待作家としての出展が多かった。

絵を描き続けているものの、
スタンスは非常に受動的で、
能動的あるいは自発的な作品制作と発表はホントにもう、
ここ数年していなかった気がする。
つまり、ビジネスライクな活動が多かった。


先日見つけたカフェの中の小さなギャラリー、
もうひとつは代官山にあるとあるギャラリー。
この2箇所が自分の中でしばらく振幅していた。

今日、絵の作業の休憩中、
絵の具を乾かしている間に、
外の木を眺めながら、ふとある言葉が頭をよぎった。


そろそろ、
真剣に絵を描こうか。


絵を描きながら、
そんな事を考えるのも妙な話だけれども、
それは新しい作品を描いて行こうという事。

今描いている作品のほとんどは、
自分が20代の頃に描いた絵の複製、
つまり描き直しで、今の自分の作品ではない。


東北、
仙台からはNPOを土台としたフリーペーパーを
創刊するというライターの声が聞こえて来る。

10歳年下の若者らは、
電子書籍やアプリケーション販売で、
各種メディアの電子版等に取り上げられつつ、
純粋に奮闘している。

写真家、
音楽家、俳優や服飾デザイナー、
インディペンデントな劇団プロデューサーなど、
自分の周囲には、実に様々な作り手がいる。

自分もちょろちょろと、
色々なモノをやらせてもらっては来た。

紙やWEBなどの各種デザインはもちろん、
店舗デザイン、各種映像プロデュース、
行政絡みのエリアプロデュースに関するデザインコンサルなど。

自分で会社まで起こして、
こんな事を言うのもおかしいが、
もちろん楽しいのだが、やはり絵以外のモノは、
何度やっても自分の中で「バイト感覚」に近いという事だった。

最近読み込んでいる、
WEBやPHPプログラミングの事も、
趣味程度には楽しいと思うが、やはりこれもペティーナイフのような。
やはり、自分が本気で戦って行く唯一の刀は絵なんだなと。


数年前、
とある大先輩に、その事を相談した事があった。
「自分は幸運にも、画家としても仕事があり、
デザイナーとしても仕事がある。この先、
どちらに比重を置いて行くか悩んでいる」と。

するとその大先輩は間髪置かず即答で、
「必ず絵が残る」と言われたのを昨日の事のように覚えている。
逆にその時の自分としての答えは「自分の中でしばらく競争をさせ、
淘汰された残りをやって行こう」というモノだった。


あれから4、5年過ぎたのかな。
上手く言葉で表現するのは難しいが、
無性に絵が描きたくなった。

ビジネスや利害はどうでも良い、
誰から頼まれた作品でも無い。

自分の中で目が止まった2箇所のギャラリーで、
純然とした個展がしたくなった。
そして共にオーナーと面識も無い。

しかし、
そこへ切り込む方法は、判っている。
経験があるからだ。


いつか描くであろう、その時の為に、
昨年撮り溜めた写真は1000枚程度ある。
その中から抜粋して、恐らく2ヶ月〜3ヶ月あれば、
すべて新作の個展の準備は出来るだろう。

この感覚は、7〜8年前かな。
東北沢の「現代ハイツ」というカフェギャラリーで、
個展をした時の気持ちに似ている。

思えばあの時に描いた20枚の絵。
あの、たかが20枚の絵でその後、
数百枚のオファーが7年近く、断続的に続いた。
先月も今月も、あの時の個展で描いた作品の依頼を受けた。


直接知っている後輩や、
以前にこっそりとメールをくれたかつての生徒、
このブログを通して時折メールをくれる、
様々なクリエイターの卵達にも、
偉そうだが、伝えておきたい事は、


優れた作品というのは、
どの分野においても「理屈」などは後回しで良い、
あるいは要らない。

作り手は、
自分が良しと感じた感性を信じて迷わず作り、
それを見て触れた人々をどれだけ魅了できたか、
また、そこに受け手と作り手がいかに共感出来るか。
それだけなんだと思う。

あとは、
人生の羅針盤は好奇心で、
保証は才能くらいに考えておけばいい。


まぁ、
そろそろやろうかな。





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不完全な情報
足元が冷えるなぁ。 


最近、
デスクの椅子の座面に引く、
四角いホットカーペットのようなモノを買って、
非常に快適なのだが、

その椅子に猫のモイも座りたがる為、
座面の後ろ半分でモイがうずくまり、
手前半分の座面に俺が座ると言う、

物凄く、
浅く座るような格好で作業をする羽目になっている。
これは何のトレーニングなのか。


今日、
一緒にランチを食べた相手が、
以前映画にもなった藤田宣永の「転々」を読んでいて、
ちょうど読み終えた所で会った。

読後の感想などを聞きつつ、
「終わり方が〜」と少し腑に落ちない様子だったが、
その話を聞きつつ、ある事を思い出した。


不遜にも10代の頃、
一瞬、将来物書きになろうかと考えていた時期があった。
その頃によく考えていたのは、

文章にしろ、絵にしろ、
「不充分な情報」や「不充分な部分」というのが、
とても重要だという事だった。

それは、
作り手が意図して行うか、
そうなってしまったのかは判らないけれど、
つまり「受け手や読者の想像力で補わせて」作品を完成させるという事。

で、
その頃の自分は一体どんな文章を書いていたかと言うと、
文章のタイトルを住所と番地にして、そこから見えるモノを
すべて箇条書きにしていたのね。

パシャッと、
1枚の写真に収めてしまえばそれまでなんだけど、
それを文字に起こす作業はかなり半端じゃない。
だから、もちろんストーリーは無かったのね。

文章というより、
限りなくメモに近い。

それが極まった末に、
物書きではなく絵描きになってしまったんだけど。


いつか、
趣味で文章でも書いてみたいと思うけど、
絶対に長文は無理だろうな。

久しぶりに、
何か小説でも読もうかな。




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着色写真
うむむ、
デザイン入稿のOKが出た。
今日は早くも急ぎの仕事が終わった。

やらなきゃいけんデザイン案件が、
あると言えばあるのだが、今日は、
もういっか。

でも以前に、
「今日はもう仕事する気になんねぇ」みたいな事を
ココに書いたらクライアントから30分後くらいに、
白々しい電話がかかって来たんだよな。
読んでるのかよと。

まぁ、誰に読まれていても良いのだ。
My Pace, My Wayじゃ。


で、着色写真、
ご存知でしょうか。
こんなやつ。

これはカラー写真がなかった頃、
明治から大正時代くらいなのかな、
当初は日本画家の副業だったのかな、

とにかく銀盤モノクロ写真に
筆と絵の具で直接、着色ししていた写真なんだけど。

この技法に以前からとても興味があって、
数年前に日光の「金谷ホテル」からの依頼というか企画で
「大正時代の写真とのコラボレーション」みたいな事を
やった事があって、その時は大正時代の写真を背景にして、
その上から絵を描いたんだけど、この時に作品を作るに当たって、
色々調べものをしている時にこの「着色写真」というモノが出て来たのね。

何か自分の作品、
特に背景に応用出来るのではないかと。

これとか凄いよな、
いつ頃の写真なんだろ。

これなんかも綺麗だ。


この技法を応用して描いたのが、
今年の春に依頼があって開いた
花ばかりを描いた銀座での個展だった。

この絵は手前の桜だけを
アクリル絵具で描いて、背景は代官山で撮った写真を
布に転写したものを合体させた。

作品は売れてしまったので、もう手元には無いんだけど、
実はこの技法をもう少し掘り下げたかった。

「MAC+アクリル絵具+着色写真」での技法は、
何か凄く可能性を感じていて、例えば抽象画とかでも。
海外での販売のウケも良さそうな気がする。

ひとまず、
今オーダーをもらっている何枚かの作品で、試そうかと。
ちと作品をバージョンアップさせようかなと。


今日は時間が少し出来たから、
武蔵野美術大学の図書館にでも行って、
ちと着色写真の本でも借りて来ようかな。

それにしても、
最近の作品やらデザインワークをHPにアップしないとな。
あと自分のレジュメも。プロフィール新しいの作らんとなぁ。
だから旧作の依頼ばかり来るのだ。

そうゆう事やんないとなぁ。




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ある詩人
作:新国誠一氏


とあるルートで、
とある詩人と出会い、
とあるルートでその詩を読んだ。

詩人だが、
短歌、俳句、川柳、自由詩とあり、
「自由詩」が良かった。

俺は文章のプロではないから、
上手な批評は出来ないけれど、
「上品な怪しさ」がある文で、
要所要所に閃光を放つ言葉の置き方があり、
才能があると思った。


プロの絵描きにも、
得意な指示体(キャンヴァス等)のサイズと言うものがあって、
恐らく文章も同様かと。

この才能には、
短歌や川柳では窮屈そうに見え、
自由詩、もしくは短編未満のショートショート辺りに、
サイズを絞って書いたら、かなり威力のある文章になるのではと。

いくつかの詩を
久々に自分のiPhoneに転送して、
何度か読んだが、とても文章がヴィジュアル的で面白い。

「具体詩」というジャンルがある、
ポエジー・コンクレートと言ったかな。

そのジャンルで有名な方で、
新国誠一さんと言う方がいる。

俺はこの人の表現が好きで、
作品集も持っているんだけど、

この人の表現形式って、
とても自由度が高い。


例えば、
「絵でいう色」と音楽の音色、文章の脚色や装飾語、
「絵でいう形」と音楽で言うメロディー、文章で言う文体。

つまり、
骨と筋肉というか、
それらの構造や関係ってジャンルレスに、
以前から等価値に感じている所があって、

例えば、
「音を見る」とか「絵を聴く」、
「文章を奏でる」とか、そうゆう考え方はあり得ると
若い頃から感じていたのね。

それを具現化するに、
コンピューターは適していると感じている所があるんだけど。

とある詩人の自由詩のひとつを読んで、
ふと「具体詩にすべきだ」と感じた。
久々に「むむっ」と思ったんだよね。


何のジャンルにしても、
新しい才能に触れると、
感性を揉まれているようで、
心地がいい。




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千年女優
夕食から戻り、
ふたたび小休止。

届いた夕刊など読んでいたら、
NHK総合のテレビ欄に目が止まった。


「今敏 追悼」と小さく書いてあった。


えっ!と思い調べてみたら、
今敏さんが先月末に他界されていた。

全く知らなかった。
今敏さんはアニメ監督、漫画家という肩書きだけれども、
それだけでは収まらないような、
本当に独特な世界観のある作品が多かった。

初期の「PERFECT BLUE」から見始めて、
「千年女優」や「東京ゴッドファーザーズ」、
「パプリカ」などは何度か見た。

内容も印象に残っているが、
作画が独特でかなり筆が立つ。

千年女優


東京ゴッドファーザーズ

末期の膵臓癌だったらしい。

オフィシャルブログには、
死の十数時間前に書かれた
「さようなら」というブログが残されている。

それにしても46歳、早過ぎる。
天才だったんだな。


今 敏さん( コン サトシ さん)


 

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